310012211 マサムネ・獣刻・ヨルムンガンド 心の錘
橙色の南瓜が足元に転がるなか しゃらんと夜色のドレスをなびかせ 彼女は姿を現した
【マサムネ】 待たせたな、主君
いつもとは違うマサムネの格好に マスターは思わず 驚きの声をあげてしまう
【マサムネ】 な、なんだ? この格好、やはり どこかおかしいだろうか?
違う、違う とてもよく似合っているよ、と マスターはマサムネを褒める
【マサムネ】 そ、そうか… ならばよいのだ
マサムネは恥ずかしさのあまり ぷいと視線をそらし そのまま喋り始めた
【マサムネ】 それにしても… 突然こんなドレスを送ってよこすなど どういう風の吹き回しなのだ?
ハロウィンの衣装だよ みんな仮装しているからマサムネもね そう、マスターは伝える
【マサムネ】 ハロウィン? 拙者が?
【マサムネ】 い、いや!拙者は斬ル姫だぞ! 人前に出ては皆を驚かせてしまう 街になど行けるはずがなかろう
そのための仮装じゃないか あっけらかんとマスターは言う
【マサムネ】 し、しかしだな…
ここのところ戦闘続きで さすがのマサムネにも疲れが見える
買い出しに行く名目で街に連れ出し 気分をリフレッシュさせてあげたい それがマスターの狙いだ
【マサムネ】 買い出しにつき合わせるなら 誰だっていいだろう 拙者よりも…
買いたいものがいっぱいあるから! マサムネが言い終わるよりも先に マスターは彼女の手を引いて歩き出す
【マサムネ】 ま、待たれよ主君! せ、拙者これより鍛錬があるゆえ やはり買い出しにつき合うのは…
いいから行こうよ、と マスターはマサムネを 街へと引っ張っていった
最近の調子はどう? 歩きながら、マスターは尋ねる
【マサムネ】 どう、とは? …体調のことを申しているのか?
【マサムネ】 主君のために剣を振るうことが 斬ル姫の、いや、拙者の務め なんということはない
【マサムネ】 …だが
勇ましく語っていたマサムネの 表情が曇る
【マサムネ】 休息は取っているはずなのだが なぜか、胸の辺りが…こう もやもやするというか
【マサムネ】 錘がついたような感覚を 覚えることがあるのだ
それはもしかしたら 心が疲れているのかもしれないね マスターはそう声をかける
【マサムネ】 心が? いや、心の疲れなどと申されても いまいち実感がわかぬ
【マサムネ】 なぁに、これしきのこと、すぐ治る 主君に余計な気苦労を かけてしまったな
じゃあ、今日は戦闘を忘れて 心を軽くするような日にしようか
なにかやりたいことはない? と、マスターは聞いてみる
【マサムネ】 やりたいこと…?
【マサムネ】 賑わう街の中で 拙者がやりたいこと、か…
2人の前を手をつないだ子どもたちが 黒いマントをなびかせて じゃれ合いながら走っていく
【マサムネ】 …拙者にも あのように無邪気な時代が あったのだろうか…
子どもたちの様子に マサムネが目を細めていると 恰幅の良い女性から
お嬢ちゃん、似合ってるじゃない! などと声をかけられ マサムネは気恥ずかしそうにうつむく
【マサムネ】 や、やはり こんな格好で街になど 来るべきではなかったのだ…!
【マサムネ】 …ん?
マサムネの視線の先には お菓子を「あーん」している カップルがいる
【マサムネ】 は、破廉恥な…!
わなわなと 身を震わせるマサムネ
そんなマサムネの近くで 同じくカップルを眺めていた憲兵が 怒気を帯びた口調で大声をあげた
【兵士】 イミテーションどもが! 平等であるべき公共の場を陣取り 街の風紀を乱すなど羨ま…言語道断!
などと理不尽なことを叫びながら 武器へ手をかける
【マサムネ】 …主君
マスターはマサムネへ頷く 目の前で行われようとしている 横暴を許すわけにはいかない
【マサムネ】 …承知した
そう言うとマサムネは 毅然とした足取りで憲兵の元へと 歩いていく
その背中には憲兵への怒りだけでない なにか別の感情も 見えた気がした
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